「強き民族とは何か。それは強きこだわりを持った民族である。
それは、男の娘がどうあるべきかという、信念を問うべきである。
男の娘というものは、まさに男を女子のように認識し、性的なシンボルとして掲げるジャンルであり、
言うなれば男の娘そのものがゲルマン人のオカズということだ。
我々がアーリア人として意識すべきことは、男の娘そのものがオカズであるというのに、
それを女などと絡め、まるで最高のオカズであるかのように振る舞うのは下劣な行為だということだ。
源流を探ってみればこそ、これはユダヤ的な行為であると分かり、まさに民族の品位を汚す行為だということだ。
「それはホモなのでは」などという、まさにユダヤ的退廃的な主張が存在する。
それはまさにユダヤの醜い欲の象徴と言うべき主張である。
やつらが借金を煽り立て、人の欲に漬け込んでいったように、
男の娘と男のペアはホモであるなどと、ふざけたことを言い、民族の分裂を狙っているのだ。
では今まさに考えて欲しい、男の娘はどういう存在なのか。
そう、男の娘は女子と見紛えるような美しい存在であるのだ。
これはもはや男、女という垣根は越えた存在であり、普遍的なのだ。
もしも我らがホモであるなら、スターリンなどにも欲情することは間違いない事実。
それがないということは、男の娘への欲情は間違いなく正常であるということだ。
我々ナチ党は、健全な男の娘への認識を作るため、
ひいては強きドイツ民族とその国家を再建するため、このあまりに卑劣な、ユダヤ的自己中心的文化を根絶することをここに誓う。」
アドルフ・ヒトラー『我が闘争』より